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四季の庭園めぐり

温泉施設内だけでなく楽しんでいただけるお庭。
猿投温泉の庭園には一年中いろいろな花が咲いています。
春はまるで桜の園のよう・・・。梅雨は紫陽花の絵の具を落としたパレットのようにカラフルに・・・。夏は元気な緑と大輪の花、秋には燃えるような紅葉。冬でもめったに雪が降らないため、柑橘類が鮮やかなオレンジ色の実をつけます。年が明ければ間もなく早咲きの玉樟園桜・・・。
色の絶えない美しい庭園と池のコイたちが、いつでもお客様を歓迎いたします。

四季の花ギャラリー

春 桜からあじさいへ変化に富んだ春の景色
春 桜からあじさいへ変化に富んだ春の景色
夏 陽を浴びて生い茂る緑幻想的な蛍の舞を
夏 陽を浴びて生い茂る緑幻想的な蛍の舞を
秋 紅葉の鮮やかさと野鳥のさえずり
秋 紅葉の鮮やかさと野鳥のさえずり
冬 吐息が白くなる銀世界の中に小さな幸せ
冬 吐息が白くなる銀世界の中に小さな幸せ

庭園ギャラリー

私たちには庭があります。さながら森のような庭を持っています。四季を通して花が咲き、滝の音や、小鳥のさえずりが聴こえる。いくつもの史蹟が点在し、湧水が流れ、蛍が舞い、思いがけない野生の生きものにも遭遇する。旅人の緊張をたちまち解き放ち、ほほえみの時間に変えてくれる庭。ここには、究極にやさしい時間があります。

庭園内の燈籠

庭の美観を生む燈籠は22種、全36基。
日本独特の風情です。

部地方有数の癒しのパワースポット

<不動明王社と鈴ヶ滝>
金泉閣玄関より表通りを加納川に沿って真っすぐ歩いていくと、左手には「さなげ座」右手には「大和橋」が、更に進むと目の前には不動明王と鈴ヶ滝が・・・。
不動明王尊は、あらゆる災難を除き、参拝者を強いパワーで守ります。
鈴ヶ滝不動明王は北の明王で四天王の中でも一番力を持った不動明王です。
日帰り温泉岩風呂「金泉の湯」に隣接した霊峰・猿投山からの滝と不動明王社は中部地方有数のパワースポットで猿投温泉内で一番美しい場所です。
【お参りは仏式で唱えて下さい】
○不動尊慈救咒(中咒)(聖不動結界護身)
ノウクマ・サンマンタ・バザラダン・センダン・マーカラシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カーン・マーン

伝説 猿投創世記〜『猿投』を生んだ、ヤマトタケルの近親たち

猿投山に隠れ住んだ一匹の猿。

その昔、大和の国に景行天皇という帝がおりました。帝は、息子のヤマトタケルが西の敵、東の悪を次々と倒してくれるので、「これでわしの世も安泰じゃ」と、満足の日々を送っておりました。

ある年の暮れのことです。帝は伊勢の国へ詣でようと、たくさんの家来を連れて、大和の国を出ました。その途中、行列の前に突然現れた者がおりました。いえ、それは人ではなく、猿の子供でありました。「かわいい猿じゃ」。帝はどうゆうわけかその猿をたいそう気に入り、伊勢参りのお共に連れて行くことにしました。

そうして年が明け、無事初詣でを終えて、大和の国へ帰ろうとした時のことです。それまでいたずらをしては「憎めぬ奴じゃ」と、帝を楽しませていた猿が、何を思ったか、帝が一番大事にしていた首飾りを、どこかへ隠してしまったのです。

「この猿め!」。これには帝も笑ってすませることができず、ついにはその猿を伊勢の海に捨ててくるよう、家来に命じたのでした。

海に投げ捨てられれしまった猿はどこをどう泳いだのか、なんとか陸にたどり着くことができました。命拾いをした猿は、「伊勢の神様のお情けに違いない」と感謝し、向こうの山で静かに暮らすことにしたのでした。それからその山は、猿投山と呼ばれるようになったのです。

ヤマトタケルの兄を祭った猿投神社。

猿投山にその名が付く少し前、その山に登った男がおりました。穏やかな陽気に誘われ、自然に足が先へ先へと向いて行ったのでした。

山の中腹まで来た時のことです、「おお、なんと美しい鳥の泣き声よ」と、男が茂みに一歩入ったとたん、毒蛇がシュルシュルと近づき、男の足にガブリッ。「こ奴め!」と、持っていた刀で切りつけましたが、時すでに遅く、蛇の毒によって男は命を落としてしまいました。

その男の名はオオウスと言いました。オオウスは景行天皇の息子で、双子の弟、ヤマトタケルの活躍の陰に隠れた存在でもありました。

オオウスは猿投山で死に、その後に住みついた一匹の猿。そういえばあの猿、どことなくオオウスの面影があったような、ないような…。

され、時代は移り、仲哀天皇の世となりました。ヤマトタケルを父に持つ仲哀天皇は、クマソの乱を鎮めようと必死でありました。三河の地に不安を感じていた天皇は、「うーむ、どうしたものじゃのう」と深刻に考える日々が続いていたのです。

そして、作られたのが猿投神社でした。天皇家ゆかりのオオウスを祭って、周囲に威光を示そうということです。不運な死に方をしたオオウスも、「これで役に立てたのじゃな」と、雲の上でつぶやいたのかもしれません。

ヤマトタケルを囲む父、兄、息子の3人が足跡を残した猿投の地。はるか昔を想像しながら、空を見上げれば、彼ら一族の霊妙な魂が生きているかのようでもありましょう。

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